渋沢栄一財団

「血管年齢」

血管年齢とは?

血管年齢という言葉が最近よく知られるようになりました。代表的な血管年齢の指標として指尖脈波、baPWV, AIなどがありますがこの稿では特にbaPWV(form@オムロンコーリンヘルスケア)について解説します。

指尖脈波、baPWV,  AIいずれも血管の柔らかさを示す指標です。指尖脈波は指先の血管、baPWVは心臓からお臍のあたりまでの大きな血管、AIは心臓から出てその直後までの血管の状態を主に反映すると言われています。この稿で開設するbaPWVは両腕、両足首の血圧と脈波を同時に測定します。併せて心音(心臓の音)心電図(心臓の電気的な活動)を測定します。服を脱ぐこともなく約五分間で簡単に測定できます。

心臓が電気的に動き出して血液を体に送ります。送り出されたエネルギーは脈として手足など体の隅々に伝わります。心臓が興奮してからエネルギーが伝わるまでどのくらいの時間がかかったかを調べればエネルギー(脈波)が伝わる速度が判ります。これが脈波速度と言われる血管の固さの指標です。

血管の壁が固ければ固いほどエネルギー(脈波)は早く伝わります。逆にやわらかいほどエネルギー(脈波)はゆっくりと伝わります。従ってこの脈波が伝わる速度を調べることによって血管の壁の固さを間接的に推定することが出来ます。図は私の診療所を中心に集めた世代別脈波速度の測定結果です。年齢を重ねると脈波速度が上がることが判ります。すなわち歳とともに血管は固くなるという至極当然の結果です。

ところが注意深く検討すると年齢が若い人達では血管が固い人と柔らかい人の差が小さい事に気づきます。年齢を経るに従いその差は大きくなり良い人は若い人とそん色のない柔らかさを示しますが固い人は非常に硬い。この違いが何故出てくるのか興味深いところです。

 

血管年齢を悪くする要素とは?

一般に脈波速度は短期的には血圧の影響を強く受けます。つまり血圧が高ければ血管は固く血圧が適正であれば血管は柔らかい訳です。ところが血圧が適正でも柔らかくならない血管があります。

これが問題です。血圧が適正でも柔らかくならない血管はその材質自体が固い事が予想されます。また血圧が高い状態が長く続くと血管の壁は物理的な強い刺激に対して固く変化します。材質自体が固くなった血管はその改善には長い時間を要します。

他方、血管の材質は血糖とコレステロールなどの血中脂質にも影響を受けます。血糖やコレステロールは若い時期に少々高めで推移していても短期的には体に影響はみられません。しかし慢性的に血糖やコレステロールが高めの状態が続くと血管の性質を確実に硬く変化させます。

血圧と違って治療を開始しても血管の状態はすぐには良くなりません。悪化を止めることはできても変化してしまった血管は簡単には改善しないのです。このことから血管年齢を若く保つためには血圧が適正である事と同時に若いころから血糖やコレステロールが適正である事が求められます。

要約すると血圧が高いと血管は固くなります。そして血圧が高い状態が長く続くと血管はしなやかさを失い性質自体が固く変化します。また血糖やコレステロールは長い時間かけて確実に血管の壁を固く変化させていきます。

ここで一番重要な問題は血圧が高くても血糖が高くてもあるいはコレステロールが異常値を示していても何の症状もないという事です。風邪をひいたら咳が出ます。悪いものを食べればお腹が痛くなります。しかし血管は固くなっても症状はありません。動脈硬化で症状が出るときは「血管が破れた」か「血管が詰まった」かした時だけなのです。

 

血管年齢が意味するもの

血管年齢が高い、血管が固い、と言われた時どのような原因が考えられるでしょうか。多くの人は何か一つの原因を解決すればすべての問題が解決するように考えがちです。ところが血管が固くなる原因はほとんど血圧、血糖、コレステロール、ストレス、そして加齢の合わせ技です。従って血管の固さの指標baPWVは何か一つの事柄が改善してもさほど改善しません。特にストレスのない社会生活は望みようもありませんし加齢は避けて通れません。

またこの血管の柔らかさの指標baPWVが高かったからと言ってどこが悪いから高くなったかという原因が特定できるわけではありません。病院で行う検査の多くは体に悪さをしている原因を突き止めるための検査です。ところがこの検査だけは勝手が違います。どこが悪いのかは判らなくても何かが悪いので危険が迫っている事を教えてくれる検査なのです。

この検査を受けて結果を見た時にあまりの悪い結果に驚く人が多くいらっしゃいます。「こんなに元気なのに何故こんなに悪い結果が出るのですか?この検査の結果は信用出来るのですか?」このような声がよく聞かれます。

この事からも判ることはこの検査はご本人が予測できていない危険、音もなく忍び寄る体の危険をかなり敏感に予測してくれています。つまりbaPWVという血管の固さの指標はただ血管の固さを表すというより総合的な身の危険を表す指標であることが判っています。

 

血管を若々しく保つために

もうお判りでしょうが血管を柔らかく保つためには適正な血圧と血糖、コレステロールを若い時期から適正に保つことが必要です。血管年齢を測定することの意味はいかに早く若い時期に血管の老化を実感するかという事につきます。

残念なことに一度老化した血管が劇的に若返ることは望めません。ただ血管が老化する速度を遅くすることは何歳からでも可能です。仮に50歳で血管年齢が60歳ならばその時点から一念発起して血管の環境をよくすれば10年たっても血管年齢は60歳のままという事を良く観察します。つまり10年頑張れば10年分血管は若返ったことにならないでしょうか。

繰り返しますがこの血管を取り巻く環境の代表が血圧、血糖、コレステロールなのです。現在血圧がやや高い、コレステロールがやや高い、血糖がやや高いという方は生活を改善し、必要ならお薬を飲めばある程度改善すると思います。しかし問題は皆さんの家族、特に子供たちです。あなたと生活を共にしてきた家族はいずれ同じ病気をします。あなたは今飲んでいるお薬で血圧が下がるかもしれません。しかしあなたの家族はいずれ日を置いてあなたと同じ病気をすることになります。血管年齢の研究は家族ぐるみで血管の環境をよくすることが一番大切であることを教えてくれているのです。

 

血管年齢が気になり始めたら始めたい三つの習慣

1)朝起ておしっこの後「血圧」を測る

2)朝起ておしっこの後「体重」を量る

3)食事の最初は野菜をしっかり食べる

NPO法人「寝たきり半分推進協議会」では家族ぐるみの血管老化防止を目指してこの三つの習慣をお願いしています。血圧、血糖、コレステロールを家族ぐるみで健全化するのにはこの三つの取り組みが最も簡便かつ現実的だと考えています。

朝、血圧と体重を測ることでその日の自分を知ることが出来ます。そして目指す健康の姿が数字として見えてきます。野菜から食べることで日に日に数値が現実化していきます。その輪が家族へ、地域へと広がる時に健康は具体的な数字として社会を健康へと導いていくのだと考えています。血管年齢の測定をきっかけにより多くの家庭が健康へと道を切り開くように私達は心から願っています。

 

長野市国保大岡診療所 長野市大岡乙254-1

NPO法人「寝たきり半分推進協議会」長野市大岡乙265

内場 きよし

 

長寿遺伝子の話

長生きに遺伝は関係あるのでしょうか。最近の研究では遺伝子にまつわる二つのことが判っています。

一つはサーチュイン遺伝子、抗老化遺伝子とも言われています。この遺伝子はSODという酵素の設計図と言われています。人の体は衰えたり障害されたりすると活性酸素がこれを壊して新しい細胞に入れ替えようとします。この活性酸素が多いと細胞は早く壊れてしまいます。そこで活性酸素の働きを中和するのがSODです。

この遺伝子のスイッチを入れる確実な方法が一つ分かっています。それは「お腹がすいたー!!」という思いをすることです。人類をはじめ全ての生物は有史以来飢餓と戦ってきました。ですから飢餓と戦うために体は様々な進化をして体を守ってきました。なんと体を守るシステムのスイッチは「お腹がすいたー!!」という刺激なのです。

もう一つ長生きに関係しているのは「テロメア」という遺伝子の端くれです。長寿の人のテロメアは長いことが判っています。歳をとるごとに短くなることもわかっています。長寿研究で有名な高山村の年寄のテロメアは他の地域の年寄のテロメアより長いことが判っています。どうすればテロメアが長いままいられるのか。高山村研究の白澤先生は「控え目な栄養、筋骨を鍛え、ストレスを少なく仕事を持つこと、特に高山村は寒い。寒い中でも元気にしっかり体を動かすこと」だと言っています。寒さと空腹、思えば人類の歴史の大半は寒さと空腹との戦いでした。

寒い中でも元気でしっかり働いて、しっかりお腹を空かせて家に帰ることが長生き遺伝子のスイッチなのですね。

日本人は何を食べてきたか

「日本人は何を食べてきたのか?そしてこれから何を食べるのでしょうか?」

今年もそろそろおせちの時期です。おせちは我が国の保存食の伝統を随所にちりばめた食事です。正月は穢れ(けがれ)を嫌い火を使うことさえ忌んだ為に保存がきくものをたくさん作ってハレの日を祝いました。

では日本食はいつごろから今の形ができてきたのでしょうか。私は食文化の専門家でも歴史学者でもありませんが健康と食事は切っても切れない関係なので興味は尽きません。

尊敬する料理研究家である横山タカ子先生曰く「和食は一汁三菜、真味是淡」。一汁三菜とは汁物一椀に煮物、焼き物、酢の物の三品が基本になるそうです。ではこのような和食の形はいつごろから始まったかを調べてみると、驚くことに約一万年前の縄文時代の食事に早くもその痕跡を辿ることが出来ます。縄文時代はまだ稲作が始まっていません。当時は栗、とち、どんぐりなどの雑穀が主食でした。特に栗は大々的に計画的に栽培されていたことを伺わせる遺跡が見つかっています。

また土器を使いどんぐりなどの渋を抜いて食べました。この当時の食事は意外と豪華で栗などの雑穀を中心に山の木の芽、山菜、さらには小魚のたき物や獣などを食べていました。縄文時代の素晴らしいところはこの時期に世界に先駆けて土器があったこと、そして土器があったということは食物の保存のみならず土器を用いて調理をしたことが伺えます。

日本食は世界文化遺産に登録されますが日本食は季節折々を自然と一体となって「いただく」だけでなくその歴史も実は世界に先駆けて長いのです。世界中にご飯の前に「いただきます」と言って食べる民族は少なくまた「ごちそうさま」といって食事に感謝することを習慣とする民族も稀有です。食事の内容だけにとどまらず食事のスタイルも日本には誇るべき伝統と文化があることはうれしい限りですね。

さて三千年ほど前、そろそろ弥生時代に入ると大陸から本格的な稲作が伝わります。物が伝来すると人も一緒に渡ってくるのが歴史の常です。この時代におそらく関東地方で縄文人と弥生人の混血が行われたと思われますが、この「お米」、その特徴は生産性の高さ、卓越した美味しさ、そして保存性の高さです。これによりお米は広く流通しおそらく部分的に通貨としての役割も担っていたと思われます。

今年執り行われた伊勢神宮の式年遷宮はなぜ二十年に一度執り行われるかというと、古来より日本人はこの保存性の良いお米を財産として蓄積し二十年蓄財してためた財産で遷宮を行いました。米は二十年間保存して食べることが出来るのですね。

人に財産が生じる、財産をため込むという発想が生まれるとそこには当然他人が持っていればそれを奪うという発想も生まれます。縄文時代の遺跡からは戦って死んだと思われる遺骸がほとんど見つからないのですが弥生期に入ると一つの遺骸から十七個の矢じりが見つかるという憎しみの痕跡が見つかり始めます。

狩猟採集の時代にはすべての収穫はその場で分かち合いました。今でも私たちの心には分かち合って喜ぶという心の動きが少なからず残っています。ところが財産を残すことが出来るようになって人の心には新しい欲望が芽生えてきたのです。

さて古墳時代、飛鳥時代を経て日本は倭(大和)を中心とする国家としての態、すなわち国体が備わってまいります。この時代の頃に国家神道は自然発生的に産まれたと思われます。全てのものに神が宿りその命をいただいて神と一体になり命を繋ぐという日本古来の精神の根底が形成されていきます。稲作を中心とした文化の形成であるために自然環境に対する感謝や畏れはそのまま宗教や道徳観になり、天候に左右されやすい収穫が人の生死を直接決めるために人々の心には神の怒りを買わないように「穢れ」という概念が産まれてきます。

この「穢れ」の考え方は六世紀の仏教伝来による殺生禁断の考え方と結びついて日本人の植物食化に拍車をかけていきます。だからと言って神様が肉食を完全に否定しているわけではありません。シカをいけにえとして祭る神社がありますし、太古の昔にも倭姫の命(やまとひめのみこと)は伊勢の地元の村人にアワビを伊勢神宮に献上するように仰せです。

平安期に入ると貧富の差は大きくなり宮廷での食事の内容は延喜式や当時の仕入れ伝票などからうかがい知れます。日本人最初の糖尿病患者と言われる藤原道長は豪華な食事をしていたでしょう。しかし庶民は相変わらず米を主力とする農作物を中心に食べていました。食べ物の主力は農産物ですが足らないことも多く海産物や獣も飢えをしのぐために食べました。江戸時代に入ってもお米中心の食生活は基本的に変わりません。変わったことは時代が近くなるに従い素材を多様な調理方法で食べるようになった事くらいです。

なぜ日本人はお米を中心とした食生活を二千年以上も続けてきたのか。少々乱暴な推論ですが日本は二度の元寇と先の大戦の他に外国から干渉された経験がありません。つまり頻繁に他文化の侵略にさらされる大陸と違い、島国日本はその地理的条件によって守られてきたと言えます。そのことが日本古来のお米中心の文化が守られてきた理由の一つと思います。併せて国家神道はこの稲作を中心とする神事と密接に結び付き、新嘗祭(にいなめさい)をはじめとする五穀に対する感謝の神事を天皇家を中心に二千年にわたり守り続けてきました。天皇家は二千年の長きにわたり神と人との橋渡しとして五穀豊穣と民の安寧を祈り続けてきたのです。

さて昭和に入ってこの六十年間は日本人の食に劇的な変化を招いた六十年でもあります。古来日本民族は外来の文化を取り入れて消化し日本のオリジナルを編み出すことを得意としてきました。明治維新においても西欧の列強の襲来に対して占領統治の憂き目にあわずに明治維新を成し遂げ、西欧の文化をいち早く吸収しました。食文化においてもしかり、今や東京都は世界中の料理の展覧会です。私の知人は「イタリア料理と中華料理は日本が一番おいしい。」とまで言ってのけます。事の真偽はともかく実際にスペインのパエリアの品評会やイタリアのピザのコンテストではしばしば日本人が金賞を獲得しワインのソムリエも日本から世界一を輩出しています。ミシュランガイドの三つ星の数を見ても平成10年度版ミシュランでは本場パリの三つ星レストランが十店舗であるのを抑えて東京は十一店舗が三つ星を獲得しています。しかもその多くは日本料理ではなく海外の料理のお店です。日本人の料理や食事に関する感性はとても研ぎ澄まされていることが伺えます。

さて最近何が激変したかというと何よりもお米を中心とした食が少しずつ陰りを見せてきました。少し人類の起源から食事を見返ってみましょう。約二十万年前人類はアフリカ中央部に発生したと言われています。十万年ほど前から少しずつ人類は拡散し始め中央アジアから一部はヨーロッパへ一部はアジアへと広がっていきます。

ヨーロッパへ広がった人類の食べ物の中心は動物とその乳です。彼らは氷河期が終わって氷が解けたところへ広がる草原を追いそこで動物を飼ってヨーロッパへ到達しました。彼らの食べ物の中心は動物性食品、すなわち腐りやすい食品です。保存方法の発見は塩漬けや発酵でおそらく五千年前です。このため彼らは目の前の腐りやすい食べ物を全部食べて自分の体に脂肪として蓄える進化をしました。そして太っても病気をしない体に進化をしたのです。

これに対しアジアへ広がっていった私たちの先祖はイモや穀物を追って住処を広げていきました。イモや穀物は保存がききます。しかし収穫は天候に左右されます。このため私たちの先祖は収穫を保存し必要に応じて少しずつ食べるようにしてきました。つまり私たちは太っても病気をしない進化をしてはません。たとえば脂肪の摂取量を見ても西欧では中世の時代には一日60gの脂肪を採っていたと思われますが日本人は縄文時代から昭和30年ころまで一日20g以上の脂肪を採った経験はありません。

脂肪分の摂取が日本人の栄養や体格の向上に貢献した事は事実でしょう。しかし日本人にこれだけの大量の脂肪を賄う能力が進化の中で培われてきたとは考えにくいのです。脂肪をため込むためにはその貯金箱になる脂肪細胞が必要です。そして脂肪細胞にため込むためには貯金口座のキャッシュカードの役割をするインスリンというホルモンも必要です。日本人は生死を左右する尊い食べ物と神様は白木の箱に大事に安置し、高床の蔵に奉り(たてまつり)保管してきました。この為体にため込むための脂肪細胞はもともと少なく、ため込むためのホルモンであるインスリンの量も少ない進化をしてきたのです。

日本人も西欧の人も同じ人間です。しかしその歴史の中で培ってきた進化は大きく異なっています。それは住むところに合わせて、食べるものに合わせて、千年以上の時間をかけて培われてきた順応です。白色人種が赤道直下に住むと皮膚がんが増えます。今私たちは進化の想定外の速度で食生活の形が変わっています。その結果として生活習慣病が増加していることは明白と思われます。今私たちは進化を繋ぐ子供たちのために今一度日本人の食生活を考える時期に来てはいないでしょうか。今私たちが選んで食べるものが子供たちの未来をも決めてしまうのです。

 

 

日本人における一日当たりの栄養素摂取量の比較

縄文時代 平安時代 江戸時代 昭和30年 平成10年
総エネルギー 1560 1562 1844 2104 1979
蛋白質 313 210 208 208 317
うち獣肉 26 5 10 18 35
脂肪 125 140 180 183 521
うち獣肉 15 1 10 11 208
糖質 1123 1260 1464 1236 1084
雨川ら 芳賀、石川ら 国民栄養調査
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認知症を予防する食事方法

認知症、とても怖いですね。何が怖いかって決定的な治療の方法が見つかっていないので本当に怖い。認知症は昔からあります。そして年寄りが増えると認知症は必ず増えます。

ところが最近では世の中の高齢化のスピードを追い抜いて認知症が増えています。認知症の原因はβアミロイド蛋白という異常な蛋白に脳が侵されることで起こることは以前から知られていました。そして糖尿病の人はこのβアミロイド蛋白がたまりやすいことも知られていました。

なぜ糖尿病の人はβアミロイド蛋白が貯まりやすいのか。原因はインスリンにありました。糖尿病や糖尿病まではいかなくても血糖がいつも高めの人は、血糖を下げるためにインスリンをたくさん出します。インスリンは働きを終えると酵素で分解されます。このインスリン分解酵素、分解しているのはインスリンだけではなく脳の中でβアミロイド蛋白を分解してくれていることが判ってきました。

つまり血糖が高めでインスリンをたくさん出している人は、インスリン分解酵素がインスリンの分解にたくさん使われて脳のお掃除をするだけの酵素の余裕がありません。糖尿病までいかなくても血糖がやや高めの人も要注意です。

そこで効果的なのが「野菜から食べる」食事法です。食事は野菜から、できればたくさんの野菜を食べてください。野菜から食べると血糖はゆっくり上がりインスリンの分泌も少なくて済みます。すると酵素もたくさん残るので余裕で脳のお掃除ができるのです。

「野菜から食べる」食事方法は今認知症を予防する食事としても注目されています。

今年は伊勢神宮と出雲大社の遷宮の年です

今年は伊勢神宮と出雲大社の遷宮の年です。学会で出雲に行きました。宿泊は松江です。米子空港で飛行機を降り、いざ米子へのバスに乗り込みます。

待ってください、ホテルは松江です、間違えてはいけない。

チケットの自動販売機の前で「えーーっと米子米子。」一度間違った情報が頭に刷り込まれると頭では「松江」と思っていても「米子」のボタンを押してしまいます。そしてバスに乗り「うん、米子行だ、間違いない。」何度も間違いを繰り返します。

歳を取るとこのような勘違いをよくおこします。たまに女房の車に乗るとオートマチックで楽ちんです。でもこのオートマチックが曲者です。突然猫が飛び出してきて「あっ!危ない」ブレーキのつもりでアクセルを踏んだりします。ブレーキを踏んでいるはずなのに止まらないのでもう一度思いっきりアクセルを踏みます。止まるはずなのに止まらない、かえって車は猛スピードで進みます。もう何が何だか。

マニュアル車は止まる時に左足でクラッチ、右足でブレーキの共同作業です。オートマ車は右足だけの単純作業なのに踏み間違いの事故はほとんどオートマ車で起こっています。単純な作業は本当に安全でしょうか。

認知症の研究では人との接触が多い人ほど認知症になりにくい傾向を認めています。人との付き合いはとても高度な頭の使い方を強いられます。それだけにズク無しにはとても面倒です。けれど人との触れ合いを多く持つほど認知症は少ないようです。

歳をとって閉じこもってはいませんか?年をとって頭を老化させないためには外に出てお友達を作りましょうね。

検診を受けよう!

検診を受けていますか?

血圧でお医者さんに診てもらっているから、どこも悪いところを感じないから、いつもコレステロールが高いと言われるだけだから、いつも血糖や血圧が高めといわれるだけだから。検診を受けない理由は星の数ほど挙げられます。

そこで皆さんに知っていてほしいことが二つあります。

一つ目は「検診を受けない人は救急車を使う確率が上がる。」事です。救急車と検診の関係を調べた研究があります。検診を受けない人は救急車の利用率が上がる傾向があると言われています。これは検診で病気を見つけているかどうかということではなく普段からご自分の健康状態に興味を持っているかどうかが影響していると考えられています。

二つ目は「救急車に乗る人は多くの場合前触れがない。」事です。心筋梗塞や脳卒中で救急車のお世話になる人は多くの場合高血圧や高脂血症あるいは糖尿病を持っていることが多いことはよく知られています。しかしここで知っておきたいことは必ずしも治療を必要としない程度の場合でも多くの人が突然救急車を利用する結果になっていることです。

意外に思うかもしれませんが検診の診断基準は病気を見つけるような仕組みにはなっていません。血圧も血糖もコレステロールも「病気とは言わないまでもやや高め」という段階で注意を促すように出来ています。なぜなら心筋梗塞や脳卒中は「病気ではないけれどやや高め」の人も突然襲うという怖い性質を持っているからなのです。突然救急車のお世話になる、こんな目に合わない為にも検診を受けてご自分の「やや高め」をチェックしてください。

高血圧はとても身近な病気です

高血圧はとても身近な病気です。また血圧が高くても血管が破れるか詰まるかするまで何の症状もないので見過ごされている病気でもあります。

血圧が医学の世界で研究されてまだ100年くらいしかたっていません。イタリア人ロッシが人の腕で血圧を測ったのが1896年、ロシア人コルトコフが聴診器と血圧計で血圧を測ったのが1905年です。人類は血圧が高いと血管の事故が多いことに気づき国際高血圧学会が創設されたのが1966年、このころから本格的な血圧の研究が始まりました。

この50年、宇宙科学や生物化学は飛躍的な進歩を遂げました。世界的に血圧の研究は進み1977年には世界で初めて高血圧治療のガイドラインがアメリカで作られました。この次の年日本高血圧学会が発足し日本人のための日本人による研究が本格化します。

中でも世界に影響を与えた日本人の研究が大迫(おおはざま)研究です。家で血圧を測ってもらい家庭で測る血圧の重要性を発見しました。

いつ測るか?「朝起きておしっこの後です。」

どのくらいの血圧か?「135/85を超えないことが目標です。」

「朝起きておしっこの後の血圧が135/85を超えない」135/85を超える人に脳卒中や血管の事故が多いことが判りこの結果が世界中のガイドラインに採用されています。

さあ、さっそく皆さんも明日の朝から測ってみてみましょう。何度測ってもよいので測った血圧は全部記録しましょう。高めの血圧に目をつぶってはいけませんよ。朝起きておしっこの後、135/85を超えていたら高めのしるしなのです。

2014年09月23日

9月23日に長野市ホテル国際21にて、「健康セミナー」と「Take! ABI」を
同時開催いたします。

日時 2014年9月23日 (火)
場所 長野市県町576 (電話026-234-1111)
講師 内場 廉 (長野市大岡診療所 所長)
的場 明子 (管理栄養士・健康運動指導士)
会費 2,000円
その他  パンフレット

糖尿病の何がそんなに怖いのか?

糖尿病は怖いとよく言われます。私は30歳のころから筋金入りの糖尿病です。かつては140kgを超える体重で立派な糖尿病でした。今ではきちんと野菜から食べて血糖をコントロールしていますが、かつての私は筋金入りの高血糖、高血圧でした。

それでいて何か不都合なことがあったかといえば、実は何も不都合なことはありませんでした。強いて言えばのどが渇いた上にしょっちゅうおしっこに行くぐらいです。

私が糖尿病の恐ろしさを少しずつ理解し始めたのは一念発起して食事療法を本格的に始めてからのことです。

私はその当時広がりつつあったキャベツダイエットを基本にして野菜から食べる食事療法を本格的に家族とともに始めました。体重も血糖もみるみるよくなり7か月後には体重は40kg減り、血糖の指標であるヘモグロビンA1cも11、1から5,4にまで下がりました。注射していたインスリンも必要がなくなり血圧も下がりました。

ところがです。私の腎臓の能力は月日を追うごとに悪くなり、血糖は良いのに白内障が出現、左目の神経麻痺も起こり物が二重に見えたりしました。糖尿病はばい菌に弱いのですがこのころに蓄膿症を患い虫歯を原因とする歯根嚢胞(歯茎の中に出来物ができる病気)など立て続けに糖尿病を原因とするさまざまな病気が出現しました。血糖値が良くなった後でも糖尿病の合併症は次々起こりました。

そうなのです。糖尿病は症状が出る前になるべく早くコントロールしないと後から後から病気が出てくるのです。症状が無いからこそ本当は怖い病気なのですね。